戦略思考とは何か

(1)意思決定とは
    意思決定とは、特定の目標を達成するために、ある状況において複数の代替案から、最善の解を求めようとする行為である。
 
    例えば『経営行動』を著したハーバート・サイモンによると、人間の意思決定は「決定前提」から導かれるとした。決定前提は、何を目的とし、何を望ましいと考えるかの価値判断である「価値前提」と、置かれた環境や能力に関する事実認識である「事実前提」に分類できるとした。そして人間は「限定合理性」を有し、「満足化原理」により意思決定する主体であるとし、「完全合理性」などを否定した。
 
   ビジネスとは経営や組織、社会貢献(メセナフィランソロピー等)や社会的責任(CSR)が含まれるものであり、ビジネスの本質は企業が利潤最大化を追求することに求めることができると考える。そしてビジネスにおける意思決定とは、企業が利潤最大化を追求するための意思決定と仮定した場合、ハーバート・サイモンによる意思決定によると、「価値前提」(例えば、どのような商品を売るか、どうやって商品を売るか、なぜこの商品を売るのか。)及び「事実前提」(例えば、不確実性や不完全情報下など)を考慮し(つまり、決定前提から導かれる)、「限定合理性」(例えば、自らのポジショニングやスタンス)の中で、満足のできる(売上や利益が最大と考えられる)意思決定を行うことと捉えることができる。
 
    その意思決定を行う際には戦略的思考を必要とし、例えばクリティカル・シンキングやそのツールのひとつである「MECE」(Mutually Exclusive,Collectively Exhaustive)などを使うことで、意思決定がより効果的になる。
 
  (2)本質を漏らさない考え方を意識する
 
    本質を漏らさない考え方のためには、①イシュー(つまり本質的な問い)を絶えず押さえること、②Big Word(抽象的な言葉)を使わないこと、の二つの思考原則を必要とする。
 
    上述(1)によるビジネスの意思決定の定義を前提とするなら、イシュー及びBig Wordは、例えば「何を売るか、いつまでに売るか、どれだけ売るか、商品開発はいくら掛けて(予算は◯◯円)、いつまでに(来月、半年、来年)」などに分解できる。
 
  (3)スタンスを明確にする
 
    スタンスを明確化する理由として、上述(2)本質を漏らさない考え方をするためである。
 
    例えば、ビジネスとは企業が利潤最大化を追求すること、すなわち結論は「企業が利潤最大化をするための手段・方法とは何か」を考えること。この結論を考えるために必要なことは、第一にAnswer Firstを意識することである。そして結論を導くためには、結論の前提となる分析が必要である。分析の結果として結論のための意思決定を行うこととなる。そして意思決定のためには分析をどの程度行う必要があるのか、どの段階で結論を出すのが望ましいのか、が問題となる。この意思決定のための分析の程度・段階がスタンスを明確化するための第二の問題である。孫子によると「巧遅は拙速に如かず」であり、意思決定は不完全情報下で「妥当な前提」を置いて考えることも必要である。つまり、ハーバート・サイモンによる「限定合理性」において「満足化基準」による意思決定を行うということである。
 
   スタンスを明確化するためには、Answer Firstと意思決定の程度・段階を意識すること、の二つが必要となる。
 
  (4)直感を疑う
 
    近年のバズワードとしてビッグデータが言われているが、戦略的思考のためにはデータ分析も必要である。日本的経営では、例えば「阿吽の呼吸」や「すり合わせ」などが強みであると言われた時代もある。しかし、最小の投入量で最大の生産量を産出するためには日本的経営の強みだけでなく、データ分析つまりロジックで考えることも重要である。このロジックで考えるためには「上から下に」考えることや考えを「視覚化」することも必要である。直感のみならず直感を疑うこと、ロジックで考えるためのフレームワークが、例えば「ピラミッド・ストラクチャー」や「バック・ワード・インダクション」などである。
 
  (5)3Cを理解する
 
    3Cとは、「Customer(市場・顧客)」「Competitor(競合)」「Company(自社)」の3つのCであり、3C分析とは外部環境の市場と競合の分析からKSF(Key Success Factor)を見つけ出し、自社の戦略に活かす分析をするフレームワークである。
 
    そして3C分析では、①「市場」と「顧客」が異なる性質であることを理解すること、つまりマクロな視点の「市場」とミクロな視点の「顧客」を捉えること、②「業界分析」の視点、及び③フロー分析の視点、が必要である。
 
    例えば、マクロとミクロの視点双方から「市場」と「顧客」は異なるものという前提で買い手と売り手のことを考えるものがマトリクス型3Cである(①、②)。また、3C分析を初期仮説、2次仮説、3次仮説などのように、絶えず変化する環境において不完全情報下における情報の取得段階等により仮説段階を進化させることで、さらに3C分析は意味が増すこととなる(③)。
 
  (6)5Forceを理解する
 
    5Forceとは、マイケル・E・ポーターが提唱した「売り手の交渉力」「買い手の交渉力」「業界間の敵対関係」という3つの内的要因と、「新規参入の脅威」「代替品の脅威」の2つの外的要因の5つの要因から業界の収益性分析をするためのフレームワークです。そして業界を分析するために上述(5)におけるマトリクス型3Cと5Forceを組み合わせることで、分析にシナジーを発生させることができる場合もある。しかしながら5Force分析も万能ではなく、業界の定義が曖昧であること、分析に数字がない、解釈にメリハリがない等陥りやすい点があるので分析する際には注意が必要である。
 
  (7)バリューチェーンを理解する
 
    バリューチェーンとは、マイケル・E・ポーターが著書「競争優位の戦略」の中で用い(価値連鎖と訳される)、バリューチェーンの活動を5つの主活動(購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービス)と4つの支援活動(全般管理(インフラストラクチャ)、人事・労務管理、技術開発、調達活動)に分類した。バリューチェーンの類義語としてサプライチェーンがあるが、サプライチェーンは製品の原材料が生産されてから、最終消費者に届くまでのプロセスをいい、バリューチェーンサプライチェーンを機能単位に分割して捉え、業務の効率化や競争力強化を図る手法をいう。つまり、サプライチェーンは全プロセスの流れであり、バリューチェーンは機能単位の流れであることに違いがある。
     次にバリューチェーン分析とは、上記による5つの主活動と4つの支援活動の各機能単位に分割し、企業内部のさまざまな活動を相互に結合することで、結果として競合他社との差別化を図り、自社に競争優位をもたらすための分析である。具体的な分析は、マクロレベルからミクロレベルでの価値連鎖、例えば産業レベルでの企業間から企業・事業レベルでの機能間、そして個人・組織レベル業務間での価値連鎖を分析することである。そして、さらにバリューチェーン分析を効果的にするために、上述(5)によるマトリクス型3C分析における競合企業と組み合わせることもある。しかしながら、バリューチェーン分析においても数字による分析が抽象的である点や比較対象のターゲティングについて、また企業の目的とバリューチェーンの整合性の点などが問題となる場合がある。
    バリューチェーンの具体的事例として、オイシックスについて述べる。オイシックスは「作った人が自分の子供に安心して食べさせることができる食品」のみを販売商品とするオンライン食品小売を事業とする。オイシックスバリューチェーンは、研究開発、調達、受発注管理、アウトバウンド・ロジスティクスマーケティング・販売、アフターセールス・サービス、人事管理から成り、このバリューチェーンは「安心・安全な食品という信頼の構築、美味しさの実現、顧客の利便性」という3つの差別化要因の実現を中心に、選択され、組み合わされている。オンライン・ビジネスの先進市場である米国にもないようなビジネスモデルの構築を目指したこと、受注後に収穫する生鮮食品のロジスティクス・モデルや「作った人が自分の子供に安心して食べさせることができる食品」のみを販売商品とするポリシーやオンラインでのみ受発注する仕組みの戦略の一貫性などが他社との差別化を図り、自社に競争優位性をもたらしている。
 
(8)フレームワークを実践的に使う
    意思決定を戦略的に行うためには、ロジックで思考することが必要である。また、意思決定のためには説明することや相手を説得することも必要である。そして結論を示すためには、事実や前提の組み立てが必要となる。その事実や前提を相手にうまく伝え、説得するためにはフレームワークを実践的に使うことが重要である。フレームワークを実践的に使うためには「ボックス」を通じて表現することがしばしば行われる。しかしながら、ヒトの頭は単純化を行い、現実を扱いやすい「ボックス」の中に押し込める傾向がある。つまり、「既成概念」や「常識」に縛られるのである。そのため、まずフレームワークの目的を作り目的の中で分析を行い、さらに分析の精度により説得力を高めることも重要である。
 
(9)戦略思考を鍛え続ける
    ビジネスは企業活動等を通じて行われ、意思決定は企業の利潤最大化などを目的とする。そして企業が利潤最大化を追求するためには、マクロレベルやミクロレベルで戦略的に企業や個人を分析し、他社との差別化を図り自社に競争優位をもたらす必要がある。その分析のツールとして3C分析や5Force分析など、また分析を効果的に行うためのフレームワークとしてボックス思考などがある。
    しかし、これらはあくまで意思決定のための一部分であり、意思決定のためには当然コミュニケーションを必要とする。コミュニケーションは相互行為を通じて行われ、相互関係を高めるためにはプルーデンスが必要である。そしてコミュニケーションはミクロレベルとマクロレベルでの個人間や企業間(またその相互)で行われる。そのため、企業は社会的責任を果たし、信頼を得ることも重要である。
     戦略的思考とは、企業が利潤最大化を図るための意思決定であり、意思決定により社会的責任を果たすことでもまたある。そのため、企業は公的部門や民間部門、家計など様々なステークホルダー等の厚生を拡大するためにあらゆる選択肢を検討することとなる。